三田井の地名伝説1


高千穂の中心地に位置する三田井という地名のおこりは、美禄田(みろくだ)・比波里田(ひばりだ)・御守田(みもりだ)の三つの田と、真名井(まない)・比波里川(ひばりがわ)・逢初川(あいぞめがわ)の三つの井があったことから三田井というそうです。
◎美禄田・・・・不蒔田(まかずだ)ともいい、御塩井(おしおい)にあります。
◎比波里田・・・・須佐男命(すさのおのみこと)の田と伝えられています。
◎御守田・・・・十社大明神(じゅっしゃだいみょうじん)の御供田と伝えられています。
◎真名井・・・・天村雲命(あめのむらくものみこと)がここに水種を移したところと伝えられています。
◎逢初川・・・・猿田彦命(さるたひこのみこと)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)が初めて逢われたところと伝えられています。
◎比波里田・・・・後川内(うしろがわち)・陣内(じんない)を流れる川で、この地から沢山の遺跡が発見されています。
●天真名井(あまのまない)
くしふる神社の近くにある天然の湧水で、天孫降臨の際にこの地に水がなかったので、天村雲命が再び天上にのぼられ、水種をここに移されたと伝えられています。また、真名井の付近に「夜泣き石」があり、昔より災いがある時、この石が夜泣きして知らせたといいます。
●くしふる峯とくしふる神社
くしふる峯は、日本書紀によれば、筑紫日向の久士布流多気(くしふるたき)とあり、天孫降臨を伝える峯で、この峯の中腹には天孫ニニギノ命を祀る、くしふる神社があります。
●高天原遥拝所
くしふる峯に連なる小高い丘で、天孫降臨の後諸神がこの丘に立って天上界の高天原を遥拝されたところと伝えられています。
●高千穂碑
「ひさかたの 天の戸開き 高千穂の  云々」の、万葉集にある大伴宿祢家持の長歌と、「日向風土記」の逸文の古記を刻んだ歌碑で、この西臼杵郡の高千穂地方が、千二百年前の昔から天孫降臨伝説の地として広く知られていたことを示す歌碑です。
●四皇子峯
日向三代の神様、鵜萱草葺不合命(うがやふきあえずのみこと)の御子,五瀬命・稲飯命・三毛入野命・神倭伊波礼毘古命・(後の神武天皇)の四皇子がご生誕、ご成長された所と伝えられています。


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